概要
前年に上演したオリジナル・ミュージカル「ホームルーム」の改訂版です。
かつての教え子たちから同窓会に招待された教師が、初めて担任を務めたそのクラスのことを回想する物語を、たくさんの歌と劇中劇で綴ります。
2020年10月11日
君津市民文化ホール
きみぶん演劇祭参加作品
内容
オリジナルミュージカル「ホームルーム」作:酒井一成
先生役のナレーションと挿入歌で構成されるミュージカル・ショー的な作品です。ナレーションをそのまま掲載し、挿入歌はクリックすると動画で観ることができます。
授業をさぼってギターばかり弾いていたお前が、本当に教師になるなんて、と、口の悪い友人にからかわれてから1年がたち、まだ何もできないくせに、初めて担任をやることになった。 それもいきなり3年生、しかも、進路の都合で集められた女子ばかりのクラス。 始業式の日、90パーセントの不安と10パーセントの恐怖を抱えて教室の扉を開けた僕を、君たちはどんな気持ちで見ていたのだろう。
最初の腹の探り合いが終わり、新米担任をいじるのにも一段落すると、教室の中にいくつかのグループができ始める。 今なら、どこのクラスもおんなじさと笑いながら見守れるけど、あの頃は正直あたふたしていた。 まして、君たちのは激しかったんだ、びっくりするくらい。
でもまあ、連休も終わり梅雨の晴れ間を縫って行われた球技大会のころになると、なんとなく君たちにも仲間意識が芽生えてきて、担任の僕から見ても、活発でキラキラしていて、なんか眩しかった。 あいかわらず、頼りない先生で申し訳なかったけれど、君たちを見ているのは好きだった。
彼女が初めて欠席をしたのは、その頃だった。 小学校から欠席がなかった生徒だから驚いたけど、体調不良なら仕方がないと思った。 翌日も、翌々日も休みだった。電話をすると、明日は大丈夫という。 でも、来なかった。 家庭訪問に行った。先輩に相談もした。保護者と話もした。 でも、だんだん、言葉を交わすこともできなくなった。 あの頃の僕は、彼女に伝えるべき言葉を、たぶん持っていなかった。
彼女に伝える言葉を見つけることができないまま、夏休みになった。 夏休みの教師は案外忙しい。部活動指導に研修、教材の準備。 たまには実家にだって帰らなくちゃいけない。 僕は彼女のことを半分気にして、半分忘れていた。 でも、彼女のことを忘れていない人たちがいた。 もちろん、君たちだ。
そして2学期始まりの日。久しぶりの登校日は、久しぶりの全員出席の日になった。 文化祭の時期になった。のんびりとしたうちの学校も、文化祭が終われば受験一色になる。 最後なのだと知りながら、でも知らないふりをしながら、君たちは、流れる時間にクサビを打ち込むように、夢中になれるものを抱きしめていた。
君たちは、最後の文化祭で手作りの劇を作った。 台本は、あの頃ずっと欠席だった彼女が書いた。彼女にしか書けない、不思議な劇だった。 担任の僕までかりだされて、みんなに怒られながら練習し、劇の最初のナレーションを語った。
彼女には未来が見えていたんじゃないかと思うことがある。 学校が休校になり自宅にこもっていた時、そんなことを思った。 みんな、どうしているだろう。 あの頃と同じように、笑ったり、泣いたり、誰かを傷つけたり愛したりしているのだろうか。
今の僕を考える。 あの頃と同じように不器用で、失敗ばかりして生徒に笑われている教師。 学生時代、あんなに打ち込んでいたギターも、いつの間にか埃をかぶっている。 そんな僕を見たら、あの頃の君たちは何ていうだろう。 今の君たちはどう思うだろう。 とても怖くなる。怖いけど・・・
歌「君はまだ歌っているか」
卒業式が来た。 僕は、自信を持って君たちの前に立てなかった。 高ぶる思いを抑えながら、ありきたりなお祝いの言葉をかけることしかできない、そんな僕を置いてきぼりにして、君たちはしっかり仲間を見つめていた。僕の知らないところで、勝手に大人になっていた。 僕は、初めて気がついたように、そんな君たちを誇らしく見つめていた。 僕は、ただただ、君たちのことが好きだった。
歌「明日が明日であるうちに」
今、僕の前には、君たちがくれた同窓会の案内状がある。 初めて、行ってみようと思う。 あんな頼りない担任のこと、もう顔も忘れてしまっているかもしれないけれど、あの頃の僕よりも年上になった君たちに、教師になって初めてやるライブの招待状を、僕も渡したいんだ。 多分みんなそれぞれ変わったけど、多分大事な何かは変わっていない。 多分君たちも、きっと僕も。 あの頃みんなで作った大切なものを、今もう一度確かめたいんだ。
歌「たとえどんな」
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