NeverLand Musical Factory
SAKAI KAZUNARI
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with BACCHUS - スタッフの精神カテゴリのエントリ

スタッフの基礎

カテゴリ : 
第1期 » 芝居作りのノウハウ » スタッフの精神
執筆 : 
KAZU 2009-3-24 11:14
 先日も書いたように、役者にとって基礎的な技術というのはとても重要なものであり、その基礎の上にさまざまな演技などが成立している。そして、その基礎の部分を揺るぎないものにしていくのが基礎練習であり、それをおろそかにしていると、何かをやろうと思ってもそれが出来ない、という悲しい状態になってしまう。たとえばそれは、声の出し方であったり、体の動かし方であったりするわけだ(たぶんもっといろいろなことを含めていい)。

 スタッフについても同じことがいえるのではないかと思う。最小限わかっているべきこととか、出来なければならないこととかがあって、それ抜きで先に進めば、何もかもがらがらと崩れてしまうような基礎というものが。

 たとえば装置の仕事であれば、角材とベニヤ板をしっかりと固定できるだけの釘の打ち方とか、まっすぐにベニヤ板を切るとか、そういうことはやっぱり出来てほしいと思う。技術的なことだけではないけどね。そういうものがわかっていないまま装置を考えたりすると、なんだか非現実的なイメージと瓦礫の山が出来るような気がする。

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 「わかる」というのはどういうことだろう。まだ学生(あるいは生徒)だった頃、「人に教えられるようになって初めてわかったといえるのだ」と言われたことがある。確か数学か何かの勉強に関する話で、だから一番いい勉強方法の1つは、自分がわかっていることを誰かに教えることだと言う。

 だまされたと思ってやってみると、自分で「わかっている」と思うことは、実は案外いい加減なことが多くて、単に「わかったつもり」になっているだけだったいうことがたくさんあった。それに気がついただけでも意味があったと思うのだが、中途半端な理解しかしていない人間に,まるで押しつけるようにして教えられる方は迷惑だっただろう。

 これは、数学だけじゃなくて、いろいろなことに当てはまる。「わかる」というのは「他人に教えることができる」ということである。そうでないのは「わかったつもり」なのだ。ところが、そう考えると、「わかる」という状態は、あんがい狭いものであることにも気づく。

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返事

カテゴリ : 
第1期 » 芝居作りのノウハウ » スタッフの精神
執筆 : 
KAZU 2009-2-17 10:29
 返事がない、なんて文句を言ったのはずいぶん久しぶりで、その分少し嫌みな言い方をしてしまったかもしれないけれど、本当に基本的なことなので改めて確認しておいてほしい。

 出来の悪い○○団体のように、ただ闇雲に返事をすればいいというものではない。正直あまりステキなこととは思えないのだが、たとえば返事を「自分自身や周囲に気合いを入れる」とか「相手に対する敬意もしくは忠誠をあらわす」とかいう目的でとらえる手合いもいると思う。しかし僕は単に、コミュニケーションとして、「相手の意図を了解したことを知らせる」という機能において返事は絶対に必要だと思っているに過ぎない。

 実際にあれこれ説明していると、わかっているのかわかっていないのか、それ自体がよくわからない、という事態によく接するのだ。特によくあるのは、舞台を見ながら「上手のSSをつけてみて」なんて照明室に声をかける時。すっと明かりがつけばいいのだけど、なかなかつかない時。「上手のSSをつけてみて」という声が聞こえなかったのか、言った言葉の意味がわからなかったのか、やり方がわからないのか、やってもトラブルなどでうまくいかないのか、そのあたりの判断材料がないのは困るのである。まあ、これは以前もした話だと思うし、それなりにしっかりしていて、後輩が入ってくれば説教のひとつもできるくらい、意識して動くようにしているように感じる。

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 誰かからものを頼まれるというのはやっぱり嬉しいことだし、まして自分が頑張りたいと思っていることに関して、「頼む」といわれて頑張らない人を僕はあんまり信用しない。だけど人間の能力には限りがあるから、頼まれたってうまくできないことはあるはずだ。そういう時はやっぱり焦るけど、焦っていればいいと言うわけではない。

 たとえばホールで自分が指示をする立場になっている時、僕の頭の中にはそれなりの計画表がある。複数の人間に指示を出す立場にいるなら、それぞれの人間に何をどんなタイミングでやってもらうかという流れを考え、その計画に従って指示を出し、実際の動きを見ながら計画を訂正していくはずだ。「Aさんに[1]という作業をやってもらっている間にBさんには[2]をやってもらい、[1]が終わり次第AさんにはCさんに合流して[3]をやってもらおう」とかね。

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 プロ野球で4割バッターといえばたいしたものである。たいしたものどころか、日本プロ野球では75年くらいの歴史の中で、1年を通算しての4割打者は存在しない。イチローでもダメだった。大リーグでは1941年のテッド・ウィリアムスが最後である。

 4割バッターというのは、うんと簡単に言うと、打席に5回入って2回ヒットを打つことができるということだ。当たり前だけど、バッターというのは基本的には打席に入ればヒットを打ちたいと思うものだろうから、シビアにいえば5回に2回しか目標を達成できない、半分以上は失敗である(まあ、高校野球くらいだと、5回中2回くらいしか失敗しない選手がいたりするけどね)。バッターが打ちたいのと同じようにピッチャーは打たせまいと思うわけだから、そしてバッターはひとりだけどピッチャーは後ろに仲間が8人もいるのだから(ひとりは前か…)、その中でバッターが2勝3敗なら、やっぱりすごいっていってもいいような気がする。

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 角材に四角い穴を開ける。もう一本の角材の先端を四角く削る。穴にぴったりと先端がはまりこむようにして、2本の角材を固定する。ほぞを組む、という奴だけど、そんな作業をしてみようか。

 もちろん、最初に簡単でいいから図面を書いて、工具を集め、角材に線を引く。で、大事なことなんだけど、だいたい穴を開けたら、角材の先端を削り、その2つがぴったり合うかどうか何度もあてながら作業をするんじゃないかと思う。こういう作業に慣れている人はあまりそういうことをやらなくてもぴったり合わせられるかもしれないけど、僕らはどうしても確認をしながらちょっとずつ削っていく方が確実だろう。

 まして、穴を開けるのと先端を削るのが別の人だったらどうだろう。もちろん、作業を始める前の打ち合わせが大事なのは当たり前。その上でやっぱり、少し削るたびに持ち寄って「大丈夫だね」なんて確認をする方がいい。一カ所だけならともかく、何カ所もそうやって組み合わせて何かを作ろうとすれば、なおさらそうだ。なにもしないまま最後まで作業をして、その上でうまくいかないことがわかったりした悲劇である。

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 もちろん演劇部なのだから、きちんとした劇を作り上演することが活動の第一であることは当然だ。そういう点では、たとえば陸上競技の選手が、一秒でも自分のタイムを縮めようと努力するのと何の変わりもにない。

 ところが100メートル走と演劇では根本的に異なる点がある。陸上競技なら、たった一人で誰も観ていないところで走ったって10秒は10秒だけど、誰も観ていないところで行われる演劇は、すでに演劇とは呼べない。「演劇」というのは、やる側と観る側との両方があって初めて成立する営みだからだ。最初に書いた「劇を作り上演する」という言葉をもう一度詳しく観るならば、「作る」ことは自分たちだけでできるかもしれないが、「上演する」ことは自分たちだけでは絶対にできないのだ。

 もちろん、作らなければ上演できないのは言うまでもない。きちんとした劇を作らなければきちんとした上演ができないのも当たり前だろう。しかし、きちんとした劇を作ればそれできちんとした上演ができるかと言えば、それは少し違うのではないかと思う。

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ペンキが足りない時

カテゴリ : 
第1期 » 芝居作りのノウハウ » スタッフの精神
執筆 : 
KAZU 2007-11-14 16:29
 1枚のベニヤ板を青く塗りたいのに、青のペンキが足りない時にどうするだろう。

 もちろん、何も考えずお気楽ご気楽に塗り始め、ペンキがなくなった所でどこかに行ってしまい、後のことは何も考えないような困った人も世の中には存在するが、まあ君たちとは違うタイプの人間であると思っておこう。考えても仕方がないから、放っておく。

 基本的には、「塗ろうとしても全部は塗れない、ペンキが足りない」というくらいには先が読めることを前提にすれば、「足りない」って思った瞬間にパニックに陥ってしまう人、どうしていいかわからなくなり刷毛を持ったままぼけっと突っ立っているしかできない人は意外に多いようだ。別に本人はさぼっているわけでも投げ出しているわけでもないのだけど、結果的にはそれと同じような感じになってしまうのがつらいところ。本当は人一倍誠実で頑張り屋だったりする。本人にとっても、これはかなりきつい事態のはずだ。

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 「箇条書きにしてみなさい」というのは、それほど難しいことではないはずだ。「今日やらなければならないことを箇条書きで書きなさい」と言われれば、「はい」と答えてすぐに出来そうな気がする。しかし実際に書き上げて誰かに見せてみると、「これが抜けてるんじゃない?」って言われることが少なくない。難しいことではないかもしれないけれど、実はそれほど簡単なことではないのである。

 ひとつは、数え漏らしである。「1から10までの自然数をあげよ」といわれて「7」を忘れるのは単純ミスだけど、案外そういうミスはしてしまうものである。もう少し難しくなると、「1から20までの素数をあげよ」なんて問題になる。これで「17」をちゃんとあげられるのは、自然数をきちんとあげるよりもかなり高度な知力が必要になる。知力と言うより、知識といった方が良いかもしれない。

 それでもなお、こうやって抽象的な概念(=数)を数え上げるのは簡単なのだ。こういう概念は、ある意味で最初から数え上げられるために存在しているからである。ところが、現実に行われる行動とか、頭の中の考えを数え上げようとすれば、そんなふうに簡単にはいかない。

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 昨日にようにホールに行ったときだけではなく、そう感じるときはやっぱり多いのだけど、2年生の方が1年生より動きが速い。気がついたらすっと動いているときもあるし、すかさず「はい」と手を挙げるときもある。物事が流動的に動いているときはいつも、そんな機敏さがありがたく思えるし立派だと思う。

 動きが速い人というのは確かにいる。仮に、「上の人」が言った「黒のビニテくれ」って言葉がスタートの合図だとすれば、ほんの1秒後には他の人よりずっと先を走っている人が。実はこれ、陸上競技で言うような意味で「スタートダッシュが早い」のではない。正直に言えば「フライング」をしているのだ。つまり、「黒のビニテくれ」という言葉が出るよりも前に、次にその言葉が出てくると予想して、それに対する対応をしているのである(まあ、黒のビニテくらいならいつも持っていたいものだし、実は本当にずっと身につけていた人が何人かいたことに、正直僕は昨日感動したのだけれど)。つまりは、先を読む力だ。

 だから「ビニテ」と言われれば、すかさずビニテを渡すことが出来るし、ちょっと先端が出ていて取りやすくなっていたり、必要な長さに切ってあったりする。「ビニテですね」と叫んで取りに走る人がどんなに素早く動いたって、確かに勝てない。もちろん勝ち負けの問題ではないのは当然なんだけど、僕はそういうことが出来るのをとってもかっこいいと思うし、そういうことをさりげなくできる人にあこがれる。

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with BACCHUS とは

高校演劇部の顧問として、部員に向けて書いた「演劇部便り」です。演劇づくりに関するマニュアル的なものから組織作りのようなこと、個人的な想いを書いたものまで内容はさまざまです。一応ジャンル分けをしていますが、特定の項目についてお知りになりたいときには、単語で検索をしていただいた方が、興味ある情報を見つけやすいかもしれません。

2期に分かれています。第1期は2002年9月から2009年3月まで。少しでも高いところに登ろうと必死で自らを鍛えていた演劇部でした。「with BACCHUS」の内容もわりあいハードで、量もとても多いです。第2期は2013年から書き始め現在進行形です。動き始めたばかりの演劇部、演劇初心者がほとんどの部員たちにわかりやすいように書いているつもりです。

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