NeverLand Musical Factory
SAKAI KAZUNARI
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with BACCHUS - 台本を読むカテゴリのエントリ

自分だけの台本

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第1期 » 芝居作りのノウハウ » 台本を読む
執筆 : 
KAZU 2009-3-12 10:25
 君劇版の台本が完成した。といっても、テキストレジはほとんどしていないから、台本の体裁(というのかな)がいつもの君劇の形になっただけである。だが、この「いつもの君劇の形」がけっこう大切なのだと僕は思ってる。

 たぶん10年近く同じような体裁で台本を作っていると思うのだけど、この形というのは何となくできたものではない。僕自身もそれなりに考えてきたし、いくつかの参考書や他の団体の台本形式も参考にしたし、もちろん今までの部員の意見もたくさん参考にしている。たとえば…

 ページの文字は大きめで、閉じた時に(中央ではなく)外側に来るようになっている。各ページの上隅には、やはり外側に来るように、場面が「第1場」というように印刷されている。これらは、稽古などの中で必要なページをすぐに開けるようにするためだ。

 各ページ上の反対側には、日付が印刷されている。これは、台本が改訂された日付である。特にオリジナルの台本だったりすると、多い時には本番までに10回近く書き直される。混乱がないようにということで、常にこれも書いてあるはずだ。時には、1ページだけ差し替えられる、なんてこともあるからね。

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台本書きの自戒

カテゴリ : 
第1期 » 芝居作りのノウハウ » 台本を読む
執筆 : 
KAZU 2008-7-28 12:41
 ほぼ自分自身への覚え書きとして、台本を書く上で心がけたいことを書いておく。

 直接説明する台詞をできるだけ減らすこと。日常生活の中で、誰かに何かを説明するというのは実はそれほど多くない。同様に、質問もそれほど多くない。普通に部屋に入ってきて、なぜ自分が部屋に入ってきたのかを誰かに説明することはまずない。ないというより、説明するとしたら、説明しなくちゃいけない理由が必要になる。質問も同じだ。「どうしたんですか?」と質問するためには、それなりの理由が必要になる。作者の都合だけで登場人物に質問させたり説明させたりしてはいけない。

 お客さんが知っていることと知らないこととを、常に意識しなければならない。作者の頭の中にある設定がそのままお客さんに伝わるわけではない。緞帳が開いたときには、お客さんの頭の中にはほぼ何もない状態である。だから、「これは現代の話ですよ」「この人は喜んでいるんですよ」などなど、舞台から客席へ情報を投げていかなければならない。ただし、最初に書いたようにそれを「直接の説明」の形ですることはできるだけ避けたい。

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台本未完成

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第1期 » 芝居作りのノウハウ » 台本を読む
執筆 : 
KAZU 2007-8-7 9:25
 スタッフ・キャストが決定し、本格的な芝居作りが始まった。しかし問題は、台本が最後まで存在しないことである。台本というのが芝居作りの「土台」である以上、これはちょっと異常なことといってもいい。

 登場人物というのは、とりあえず台本の中にしか存在しないのだから、キャストは自分の演技を考える時に、台本に書かれた言葉を手がかりにしていくしかない。いわゆる「役作り」にしても、あくまでそれは、台本に書かれている情報から出発しそこに戻っていくはずだ。たとえば、台本に「36歳男性」と書いてあれば、その登場人物がどんなに子供っぽい女性言葉を使っていても、「36最男性」なのである。もちろん、そういうことは台本の、たとえば登場人物の説明の欄に「36歳男性」と書かれているとは限らない。もう物語も終わりかけた頃、全く別の登場人物の口から、「私と同じ昭和46年生まれなのに、まるで女みたいだよね」なんて言葉が出るかもしれない(ひどい台詞だなあ)。そういう手がかりをきちんと探し、それを元に一人の人間の全体像を組み立てていくのは、キャストの仕事の第一歩と考えていい。

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 男が「愛しているよ」と言い、女が「私もよ」と答える。そう書いてある台本を読んで、「二人は愛し合っているのだなあ」と理解し、どうやったら二人の間に真っ赤なハートが浮かぶような演技ができるか考える。まあ自然な詠みだと思うし、当たり前の読み方だろう。しかしそれは唯一の読み方ではないし、正解であるとも限らない。ふたりの愛情の持ち方には無限のバラエティがありのだが、台本に書いてしまえば結局、

 男 「愛しているよ。」
 女 「私もよ。」

になってしまうのかもしれないのである。戯曲とか脚本とか台本とか言うのは、舞台上で起きる出来事のごくわずかしか記述していないし、登場人物の心の中で起きる出来事ならなおさらである(ト書きの形でがんがん書いてある戯曲もあるけど)。だから不親切なのかというとそういうわけではなくて、書いてあることがわずかであるからこそ、芝居作りはおもしろいのだと僕は思っている。

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台本を「掘り起こす」

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第1期 » 芝居作りのノウハウ » 台本を読む
執筆 : 
KAZU 2004-3-31 16:30
 まるでパズルを解くような立ち位置の問題が、ある程度結果を出してきて、そろそろ本当に「芝居」をやらなくちゃいけない時期になってきているようだ。

 昨日話したけど、本当に台本の読み込みが不足していると思う。いくつかの側面があると思うんだけど、なによりも、台本に書かれている台詞と台詞の間をつなぐべきものを、きちんと掘り起こせていないのではないかと感じた。広場にいくつもの芽が顔を出す。それぞれの芽は、芽だけが存在しているのではなく、その下に根を張っている。そして、その芽の姿は、その下にある根のありようによって変わってきている。一見バラバラに出てきているように見える芽も、地面を掘り起こしてみれば、お互いにひとつの根でつながっていたりする。ちゃんと根を発見せず、芽だけをみていたのではいつまでたっても美しい花畑を作ることはできない。

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喜劇の切実さ

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第1期 » 芝居作りのノウハウ » 台本を読む
執筆 : 
KAZU 2004-3-15 12:00
 今僕らが取り組んでいる芝居は、「喜劇」あるいは「笑劇」というジャンルになるのだろうと思う。まあこういうジャンル分けがどういう意味を持っているのか、それこそ「喜劇」と「笑劇」はどう違うのかって話はあるのだけど、だいたいに置いてそのようにくくっておく考え方がある。

 誰の言葉か忘れたけれど、胸に残っている言葉のひとつに、「どんな悲劇にも喜劇的な要素がある、どんな喜劇にも悲劇的な一面がある」という意味の言葉がある。シェイクスピアの後期ロマンス劇などはわかりやすい例だと思うが、そういうのではなくても、確かにこの言葉は本当だなって思う。特に、周囲から見ていると喜劇であっても、当事者の立場になればたまらないほどの悲劇であるってのはよくある形であり、それで僕らが腹を抱えて笑うのは、人の悪い優越感だったりするのかなって考えてしまう。

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台本第2稿

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第1期 » 芝居作りのノウハウ » 台本を読む
執筆 : 
KAZU 2003-9-19 9:40
 試験あけと共に、台本の第2稿が配られた。これは、今までの稽古の中で変更されたものをまとめたもので、改めて大きく書き直した部分はないはずだ(作者の方からの大きな提案が含まれてはいるけれど)。

 ここ最近は台本がしょっちゅう切り替わることが減ってきている。昨年までの、特に秋に取り組む作品は、積み上げると何センチにもなるくらい、新しいヴァージョンができていったものだ。今回は、あれこれあったけれども結果的には、元々の台本をあまりいじらずに上演することになったし、今回の改訂版にしても、もしかしたら各自の持っている台本に書き込みをしたり、合宿あけの時のように追加のページを挟み込んだりでも対応できたかもしれない。

 だけど、改めて新しい冊子を作る。本番まで3週間と少しという時期、基本的にはある程度芝居の流れができている時期に、やってもらいたいことがあるからだ。

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欲求と障害

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第1期 » 芝居作りのノウハウ » 台本を読む
執筆 : 
KAZU 2003-5-21 12:50
 デヴィット・ボール著「戯曲の読み方」の内容からふたたび。

 著者は言う。「戯曲の台詞は、その人物が何をほしがっているか、何がその障害になっているかで決定する」と。そうだとすれば、役者は、登場人物が欲しいものと障害物を探り当てて、それを観客にわかるように表現することが大切だということになる。

 酒井流に書いていく。なにかを欲しくなければ言葉を発する必要はない。欲しいものというのは多分「相手の理解」というものをも含むだろう。しかし、ただ欲しいと思えば手に入るものであれば、言葉に出す必要はない。言葉に出す必要なあるのは、障害があるからだ。その障害を克服するために、言葉を必要とするからだ。そうでなければ、黙って欲しいものを手に入れればいいだけだからだ。

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アクションの印

カテゴリ : 
第1期 » 芝居作りのノウハウ » 台本を読む
執筆 : 
KAZU 2003-5-20 15:10
 今日の稽古では、あるシーンでのハーミアの演技が抜群によかった。ヘレナの台詞の最中に2〜3回顔を動かしただけである。だが、どの言葉が心を打ち抜いたのかはっきりわかったし、動きはシンプルだったけど観客に見せる顔の表情がその都度きちんと変わっていて、心の動きを(完璧でないにせよ)表現することに成功していた。すごくほめたら、次からちゃんと出来なくなっていた。困ったものである。が、手がかりはつかんだはずだ。

 貴族たちに指示したこと。これはどの役者も同じであると思う。自分が「アクション」したいところに印を付けること。本当は芝居はアクションの連続だから印は無限に付けられるんだけど、とりあえず「お客さんに印象づけたいもの」と「自分の役にとって必要なもの」に絞ろう。後者はちょっとわかりにくいかもしれないが、普通に演技をしていて台詞をしゃべりはじめたり動き出したり、あるいは感情が切り替わるようなところがめどになる。当然「印象づけたいもの」と重なることの方が多い。

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戯曲の生理

カテゴリ : 
第1期 » 芝居作りのノウハウ » 台本を読む
執筆 : 
KAZU 2003-4-26 22:20
 台本を一冊、むなしい作業になるかなと思いながらコンピューターに打ち込んでみた。むなしいどころが、とても実りの大きい作業だった(寝不足にはなった)。

 むかしとある芝居をやった時、新しいメンバーが入ってきたのになかなか台本を渡せなかったことがある。彼は一日だけと言って誰かの台本を借り、それをすべて手書きで書き写してきた。2時間ほどの芝居である。あまり上手とは言えない手書きの台本を見て、僕らは絶句したものだが、そのあとの彼の稽古の様子を見たり、その芝居に対する意見を聞くにつけ、もっと驚いた。細かいところは別として、その一日で彼は自分の台詞をほとんど入れていたからね。

 書き写していると、作者の作った台詞の生理と、自分の物言いとが一致しない部分があることに気がつく。酒井はかなりキーボードを打つのが早いほうなので、ぱっと原本をみてぱっぱと打ち込んでしまう。あとで見直すと、ずいぶん原本と違っていたりする。なぜ、同じことを作者はこのような言葉で表現したのだろうと考える。すると、自分だけの生理では見えなかったものが見えてくる。

 翻訳された戯曲を、さまざまな翻訳者の手によるものを並べて見比べてみると、元は同じであったはずものが大きく違った日本語で表現されていることがわかる(実はこのあたりが酒井の大学時代の卒業論文のテーマだった)。有名なのはハムレットの「to be,or not to be」で、「生きるべきか死ぬべきか」から「生か死か」、さらには「このままでいいのか、いけないのか」まで様々な翻訳が行われ、それはこの芝居に対する翻訳家の解釈の違いをあらわにしていて面白いのだが、今はそこに深入りするのはやめておこう。

 ただ、書き写すという行為が、戯曲の奥にあるさまざまなものを引き出してくれることは確かなようだ。伊藤整の小説の中でも、梶井基次郎の言葉として同じようなことが書かれている(教科書にも載っているから、見つけたら読むといいよ)。戯曲に書かれている言葉を、現実に発声される言葉をしてとらえ直すのが役者の大きな仕事のひとつだし、台詞を中心として表現されている世界を、主に台詞を手がかりとして構成していく時、ほんの小さな言葉遣いに込められた作者の意図を、きちんと見つけたいと思うのだ(見つけたあとで無視することがあるにしても)。「あそこに行く」に「あそこへ行く」の違いに立ち止まってみたいのである。「に」と言いたい自分の生理と、「へ」と書いた作者との生理の違いの中に、発見が隠れているのだ。

 今僕らの前には、4本の戯曲がある。上演を決めた瞬間、それは台本となる。書き写すという作業はひとつの方法に過ぎないかもしれないが、どういう方法をとるにせよ、そこにある世界を現実の舞台にしていく作業をこれからしていくことには変わりがない。できるならば、豊かな世界を見つけてほしい。
with BACCHUS とは

高校演劇部の顧問として、部員に向けて書いた「演劇部便り」です。演劇づくりに関するマニュアル的なものから組織作りのようなこと、個人的な想いを書いたものまで内容はさまざまです。一応ジャンル分けをしていますが、特定の項目についてお知りになりたいときには、単語で検索をしていただいた方が、興味ある情報を見つけやすいかもしれません。

2期に分かれています。第1期は2002年9月から2009年3月まで。少しでも高いところに登ろうと必死で自らを鍛えていた演劇部でした。「with BACCHUS」の内容もわりあいハードで、量もとても多いです。第2期は2013年から書き始め現在進行形です。動き始めたばかりの演劇部、演劇初心者がほとんどの部員たちにわかりやすいように書いているつもりです。

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