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with BACCHUS - 演劇部という組織の形カテゴリのエントリ

危機管理

カテゴリ : 
第1期 » 部活動運営 » 演劇部という組織の形
執筆 : 
KAZU 2009-3-15 9:50
 部長と相談して動きを決めたあとで、「この程度の天候不順で稽古中止っていうのは甘いよな」とちょっと笑ってしまったのだけど、頼みの内房線が上下線とも動いていない状況では仕方がないかなと思う。午後から動き出すという手もないわけではないのだが、各人が家で出来ることもたくさんあるはずだったので、中途半端になるよりは、という判断で、妥当なところであったと思っている。(本当に妥当だったかは今日の稽古が決めるはず)

 「危機管理」と言うことを考える。「危機」というと大げさかもしれないけど、予定通りに物事が進まない時に、どうするかって言うことだ。昨日のようなこともあるし、稽古中にメンバーが怪我をするとか、ホールに向かう電車の中でメンバーが行方不明になるとか、本番直前に部員が問題行動をして特別指導を受けるとか、そういうことである。笑い話になるようなことから本当に深刻なものまでいろいろなことが起きる。これはもう何かが絶対起きるわけで、予定通りすっきり行くがあったらむしろ幸運、って思っておいたほうがいい。

 何かが起きてしまった時に大切なこと、意識するべき事は3つある。「情報収集」「判断」「伝達」である。本当はあと4つくらいあるけど、優先順位としてはまずこの3つだ。

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 「型」というのは、案外大切だ。言わばそれは数学で言う公式のようなもので、多くの場合正しい結論を導いてくれるからである。僕らがたいていのことに大きな返事をするのも、荷物を持って戸口を通るときに声をかけるのも、稽古の前に誰かが顧問の所に来るのも、稽古の最後に必ずミーティングをやるのも、ひとつの「型」である。鞍は当たり前のように「型」に従うし、新入部員が入ってくればその「型」をまず身につけてもらうはずだ。それは、その「型」が様々な意味で有効だからである。

 もちろん、そういったものは最初から存在したわけではない。あるものは歴代の顧問が部員に指示したものであろう。中には部員たちが様々な活動をする中で、話し合って決めたり、あるいは自然とみんなが実行するようになっていったものもあるに違いない。考えてみれば、顧問が部員に示すものであっても、どこかで誰かが作りだし、それを有効だと思ったからこそ顧問が部員に伝えたはずだ。

 今「有効だと思ったからこそ」と書いた。ある行動なり方法なりが「型」になるためには、それが有効なものでなければならない。有効でないものは「型」として生き残ることはできない。有効だからこそそれは繰り返され、「型」として集団に受け継がれるのである(これは、たとえば演技のやり方などについても言うことができ、それはおもしろい議論になる)。有効でないものはすぐに、繰り返されることがなくなるだろうし、「型」として残らないのだ。

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明確なルール

カテゴリ : 
第1期 » 部活動運営 » 演劇部という組織の形
執筆 : 
KAZU 2008-8-3 15:37
 たとえばの話、強力な指導力を持つ人が引っ張っていくとすれば、それはそれでありだと思うのだ。結果として「独裁」のようなものになってしまい、場合によっては多くの人を不幸にしてしまうかもしれないけれど、その指導者がしっかりとしていれば、ある種の緊張感というものは保たれていく。

 そうではない場合、なんといっても参加している個人の自覚のようなものが必要になるに違いない。そういう自覚はいつだって必要に決まっているから、協力に引っ張る人がいない場合には特に、と言った方がいいだろう。

 たとえば、稽古の間は常に緊張していて、休憩時間になったら思い切り脱力する、といったメリハリについてはどうだろうか。もしおっかない指導者が常に稽古場に立っていて、その人がばしばし稽古をつけているとしたら。たぶんその人の目線があるときが稽古時間であり、その間は私語をしようとも思わないだろう。もし私語があれば「なにやってるんだ」と怒られるだろう。休憩時間になりその人が席を外せば、みんなほっとして脱力するに違いない。その指導者の存在自体が、稽古にメリハリをつけていることになる。

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「可変」か「不変」か

カテゴリ : 
第1期 » 部活動運営 » 演劇部という組織の形
執筆 : 
KAZU 2008-7-18 17:04
 世の中には変わっていかなければいけないものと、変わってはいけないものがある。

 科学がどんどん進歩していくと、人々の生活というのは驚くようなスピードで変化していく。戦後の日本がまさにそうだ。そういう社会では、変わることがイコール善になっていく。変わらないものはイコール古くさいものととらえられる風潮が生まれる。僕も君たちも、たぶんまず前提として、そういう「常識」が心の奥にあるはずだ。

 世の中が一巡りすると、たとえば進歩という名の変化ばかりを追い求めてきたことへの反省なのか、あるいは疲れからなのか、逆に変わらないものと大切にしようという声が高くなっていく。精神的なものを含めて、たとえば「伝統」とかいう言葉が魅力的に聞こえてくる。確かに、変わっていくものだけがすばらしいわけではない。変わってはならないと思えるものは、世の中にたくさんあるのだ。

 部活動のあり方も同じだ。変わっていいもの、変えていくべきものもあれば、変わってほしくないもの、変えてはならないものもきっとあると思う。ただ、両方があるのだということははっきりしているのだけれど、具体的なひとつひとつのことをどちらかに振り分けていこうとすれば、考え込んでしまうような時も案外多いのだ。

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ふたつの小劇団

カテゴリ : 
第1期 » 部活動運営 » 演劇部という組織の形
執筆 : 
KAZU 2008-3-14 13:52
 ここ数年、新入生歓迎公演は2つのチームに分かれ、それぞれ別の芝居を上演している。たかが10人程度の小さな演劇部が、どうしてこんな無理なことをしなければならないのだろうと不安になってしまうこともあるのだけど、やっぱり意味があるから、こういう無理をやるのだろうと思う。

 この演劇部の持っている様々な顔を1年生に見てほしいから、という言い方を、僕は「とてもいいな」と思っている。爆笑喜劇も、シリアスなものも、ミュージカルも、やりたいなと思ったら何にでも手を出して挑戦していくことが、僕らの持ち味だと思うし、高校演劇のあるべき姿だと思うからだ。まして、各学校にたったひとつしかない演劇部である。「演劇ってロミオとジュリエット?」としか考えていない人だって「とにかく私は踊りたい」という人だって「お笑い大好き」という人だって、一度うちらのホームグラウンドに来てさえくれれば、それぞれのやりたいことがそこに転がっているって気がついてくれるはずなんだ、とそういう気持ちを持っていたい。だから、新入生歓迎公演では、少しずつではあってもいろんな面を見てほしいという考えはありだと思うし、そのために苦労する価値はある。

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 限られた時間と労働力があり、各人それぞれに得意なことと苦手なことがあり、部活動という限られた中で、それらを組み合わせてやらねばならない仕事をひとつひとつ片付けていく。どのように各人の動きを組み立てていくのか、計画や配置をどうするのかを考えるのは、ある意味パズルに似ている。

 「タンブラム」というパズルがある。様々な形をした木片(木でなくてもいいけど)を組み合わせて、一見不可能じゃないかと思うような形を作るパズルだ(旅館に置いてあったりする)。遊び終わってケースに収めようとすると、はたと悩む。ケースに収めること自体が、特定の大きさの長方形に組み合わせるパズルになっているのだ(この部分だけを抜き出すと、「ペントミノ」というパズルになる)。計画を立てるというのは、こういうパズルに取り組むことのようだ。「限られた時間」というケースに、それぞれ異なった形をした「人
間」というパーツを入れていく。ケースからあふれてしまえば時間内に終わらないことになるし、遊んでしまっている人が出ては能率も悪いし雰囲気も悪くなるから、それぞれの形を見極めて、無駄のないように組み合わせていかなければならない。隙間なくぴったりとケースに収めるのが、舞台監督や部長の腕の見せ所である。少なくとも、以前僕はそう思っていた。

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オッドマン礼賛

カテゴリ : 
第1期 » 部活動運営 » 演劇部という組織の形
執筆 : 
KAZU 2007-4-16 13:36
 「オッドマン仮説」というものがある。プロジェクトチームを組むとき、一人だけ方向性が異なる人物(半端者=オッドマン)がメンバーに入っていると、帰って目的を効率よく達成できる、という仮説である。室はこれ、マイクル・クライトン(「ジュラシック・パーク」の原作者である)という人がSF小説の中でいかにももっともらしく説いているだけで、実際に論証されているわけではないらしい。実は、この文章を書こうと思って細かいことを調べていて、はじめてフィクションだということを知った始末。でも、文句なく現実の理論だと思いこんでしまうのは、心のどこかで納得してしまう部分があるからに違いない。いや、実感として、そうなんじゃないかなって思っている。みんなが同じであるより、異分子がいたほうがかえっていい結果を生む場合が少なくないのだ。

 たとえば全員が同じ価値観や行動指針を持っている団体は、ある意味とても「楽」だ。「右」を向くときに全員が右を向くからだ。合意に至るスピードも速いだろうし、何かを実施するにしても力を発揮するだろう。何よりも気持ちがいい。自分が「こうだ」と感じることに、メンバーがすぐに同意してくれるからだ。そういう団体を、学校の生徒たちはよく「まとまりがある」なんて呼ぶ。新学期を迎えたHRで「どんなクラスにしたいですか」って聞くと、「まとまりがあるクラス」って答える人が多いのは、多分そういう集団が気持ちいいからだ。まあ、喧嘩ばっかりしているよりいいような気は確かにする。

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マニュアルではなく

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第1期 » 部活動運営 » 演劇部という組織の形
執筆 : 
KAZU 2006-3-23 8:55
 「合宿所の片づけをあまく考えてはいないか?」という問いかけについて、どのようにとらえただろうか。もちろんそれは、「初心の人二の矢を持つべからず」みたいなことも含めて考えてほしい事なんだけど、実は本当に心配だったのは、片づけや掃除そのものではない。こうやって現2年生と現1年生が一緒になって、合宿前の片づけをやるのは今回が最後だということなんだ。次の時には、現1年生が最上学年となり、下級生にやり方を教えていかなければならない。

 いま「やり方」と書いた。そういう言葉を使うと、テクニカルな部分が強調されていくかもしれない。トイレを掃除するためにはこういう洗剤が必要で、それはあそこに行くと手にはいるというような。もちろん、そういったマニュアルも絶対に必要だし、先輩から後輩へ受け継がれなければならない知識だ(そういった意味では、どっかの代がきちんと文章化してほしいと思う)。演劇部の活動のもっとも根底にあるという意味では、スモークマシンの扱い方よりも大切な事だと思う。スモークマシンの扱い方を知らなくても調べる事が出来るし使わない事も出来るけど、掃除のやり方もわからないようでは部は荒廃せざるを得ないのだから。

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自己修正

カテゴリ : 
第1期 » 部活動運営 » 演劇部という組織の形
執筆 : 
KAZU 2005-6-1 18:40
 久しぶりに外へ出ての稽古であった。富津公民館というところもまた、我々にとっては非常に思い出深い場所であり、さまざまなものを与えてくれた場所であり、今後も大切にしていきたい場所である。

 それにしても…今日配付された反省の集計を見て、ちょっとだけホッとしたのはたしかなのだが…それにしても、中身が悪かったと思う。稽古そのものではなく、ホールで活動する団体としての、我々のあり方自体に不満が多かった。返事が返ってこなくて時間が止まったことがどれだけあったことか、事前に確認したり勉強しておいたりすることが徹底していなかったために、どれだけ無駄に時間をかけたことか。ひとつひとつはわずか数秒のことであったとしても、それが積み重なっていけば大きな時間のロスになるし、今は「気をつけよう」ですむことが、いつ大きな事故を生むか分からない。何より、あの空気を当たり前だと思ってしまった世代が、次の世代を指導するようになるのは恐ろしい。

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NOの表明

カテゴリ : 
第1期 » 部活動運営 » 演劇部という組織の形
執筆 : 
KAZU 2004-3-1 15:30
 よく言われる言い方に「ひとりはみんなのために、みんなはひとりのために」ってのがある。とってもきれいな言葉だと思う。時々ひねくれた気持ちになると、「ひとりはひとりのために、みんなはみんなのために」ではどうしていけないんだろうって思ったりする。

 もしその集団の中にあるルールやマナーが、単にその集団に属するメンバーの価値観や倫理観を足し算したものであるなら、それらのルールやマナーは、メンバーが替わるたびに、メンバーの気持ちが変わるたびに、当然変化していくことになる。もしメンバーが替わっても変わらないルールやマナーがあるとしたら、それは人間ならば誰でも持っているはずの普遍的なものであるか、またはメンバー以外のところから、多分その集団自体の目的の中から生まれてきたものであるかに違いない。

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with BACCHUS とは

高校演劇部の顧問として、部員に向けて書いた「演劇部便り」です。演劇づくりに関するマニュアル的なものから組織作りのようなこと、個人的な想いを書いたものまで内容はさまざまです。一応ジャンル分けをしていますが、特定の項目についてお知りになりたいときには、単語で検索をしていただいた方が、興味ある情報を見つけやすいかもしれません。

2期に分かれています。第1期は2002年9月から2009年3月まで。少しでも高いところに登ろうと必死で自らを鍛えていた演劇部でした。「with BACCHUS」の内容もわりあいハードで、量もとても多いです。第2期は2013年から書き始め現在進行形です。動き始めたばかりの演劇部、演劇初心者がほとんどの部員たちにわかりやすいように書いているつもりです。

質問や感想などのコメントをお待ちしています。

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