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with BACCHUS - 衣装の話カテゴリのエントリ

誰が決める?

カテゴリ : 
第1期 » 芝居作りのノウハウ » 衣装の話
執筆 : 
KAZU 2009-2-26 7:56
 衣装は誰が決めるのかと言えば、団体によっても作品によってもいろいろだと思う。最終的に舞台全体の責任を持つのは演出家だろうから、そういう意味で「演出担当者が決める」というのが基本の考え方だとは思うのだけど、それは基本であり、たとえば最終的にうなずくのは演出担当者であるにしても、そこまでの過程はさまざまだ。特に一番最初の部分で、誰から口火を切っていくのかというのは、決まったやり方はないのではないかと思う。

 今述べたような演出担当者というのを片方の端っこに置くとすれば、反対側の端っこには、実際にその衣装を身につける役者がいる。そしてその間に、衣装担当のスタッフ(以降「衣装さん」と呼ぶ)や美術担当のスタッフ(以降「美術さん」)がいたりする。

 美術さんというのは僕らの団体ではあまり使わない言葉だけど、舞台全体の美術の部分をつかさどる仕事を言う。大道具係とか装置担当という代わりにこの言葉を使うこともあるのだけど、本来はもっと広く、小道具や衣装なども含めて言う言葉らしい。舞台を全体としてみるなら、何らかの形で統一したイメージが必要だ。十二単衣を着た役者が西洋宮殿の中でこたつに入り中華料理の皿ででサイダーを飲むような芝居は、かなり特殊な演出といえるんじゃないかな。そういう統一した何かに当たるものが美術で、それを全体として管轄するのが美術さん。その下に大道具さんとか小道具さんとか衣装さんとかが所属するイメージだ。

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外見で判断される

カテゴリ : 
第1期 » 芝居作りのノウハウ » 衣装の話
執筆 : 
KAZU 2008-9-14 9:11
 ある意味どうしようもない現実なんだけど、やっぱり人は人を外見で判断する。だらしないかっこをしていればだらしない人だと思うし、高価な服に身を固めていればお金持ちだと思う。一見いい加減なかっこをしているようでも、ワンポイントすごいセンスのいいものを身につけていれば、案外ちょっと見直してしまったりする。そういうのってどうなんだろう?と思っても思わなくても、とりあえずそれが現実であれば、役者はそれを利用した方が利口だ。外見で判断されちゃえばいいのだ。

 自分が着るものを選ぶのはその人自身なのだから、どうしてもその選択にはその人の性格や趣味が反映するに違いない。それだけではなくて、その人の行動パターンなども、服の選択に影響を与える。うんとおおざっぱな言い方をすれば、女性がスカートをはくかパンツルックでいるかってことだ。本当は、「活動的な人だからパンツルックを選ぶ」なんて単純なものではないことはわかりきっているのだけど、どうも僕らは心のどこかで、そういうおおざっぱな決めつけをしがちなような気がする。経験の積み重ねがそういう判断を生み出しているというよりも、ある種の思いこみに過ぎないのは確かだと思うけれど。

 もちろん、どんな服を選ぶかは、その人の内的要因だけで決まるわけではない。その選択にはその人の経済力が反映するだろうし、子供だったら親の価値観が反映するかもしれない。その人が所属している組織や集団がその人の服装を決めることだってたくさんあるし、もっと大きく言えば時代や場所で枠組みが決まるはずだ。あるいは季節とかね。

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衣装の楽しみ

カテゴリ : 
第1期 » 芝居作りのノウハウ » 衣装の話
執筆 : 
KAZU 2008-5-27 15:15
 これはもうはっきりしていることなのだけど、人は人を外見で判断する。念のために言っておくけど、「外見で判断する」と「外見でしか判断しない」というのは当然別のことだ。「自分は外見ではなく内面で勝負するもんね」とがんばるのはいいけど、「内面」というのは表に現れないから「内面」なのであり、見えないものよりも見えるものがまず最初に目につくのは、とっても当たり前であって、その時点で少なくとも先入観に近いものは生まれてしまうものである。

 もちろん背が高いとか、顔が美しい(主観だけどね、これは)とか、当人にはまったくどうにもできないこともあれば、髪の毛を清潔に保つとか、適度なダイエットに励むとか、節度あるメイクアップとか、本人の力である程度なんとかなるものもあるだろう。で、その本人の力で何とかなりそうなものの代表格が、たぶん服装なのだと思う。経済的な部分で制限があるとしても、僕らはかなりの部分で、その人が選ぶ服装には、その人のセンスなり気分なり性格なり、何らかの面でその人自身が反映していると感じているのではないかと思う。

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衣装の山

カテゴリ : 
第1期 » 芝居作りのノウハウ » 衣装の話
執筆 : 
KAZU 2004-6-9 21:30
 先日、山のような量の衣装が稽古場の床に並んでいるのを見た。圧巻だった。単に物理的な量でもなく、その華やかな色彩でもなく、苦労しながらこれらを集めて整理している担当者の努力に対してでもなく、ただ、「これだけの人格が舞台の上に表現されるんだな」と思い圧倒される思いがした。

 これはもうどうしようもないことなのだけど、誰がなんと言っても、服装で人を判断するって傾向はある。だから、「その制服はなんなんだ」って聞きたくもない説教をされたりする。それは、多かれ少なかれ、その人の人格が外見に現れるという「常識」があるからだ。芝居の衣装というのは、ある意味でそういう常識を積極的に利用している面がある。衣装によって外見を決めることで、「この人はこういう人なんですよ」と観客にメッセージを送っているのだ。これはある意味でひとつの記号である。アニメのキャラクターなども同じだ。実はある種の小道具にもそういう面があって、たとえばいつもペロペロキャンディーを片手にしている人物と、ナイフを手に持っている人物とでは、他のことがほとんど同じであっても見る人に与えるイメージはまったく違うはずだ。

 ただ、それがあまりにも一面的で記号的すぎると、出来の悪いアニメの登場人物のように、その人物自体がひとつの記号になってしまう。余談だけど、テレビの連続アニメ番組で初めてキャラクターを着替えさせたのは「幽々白書」だそうだ。それまでは週1放映でもキャラに連続性を持たせる(視聴者に覚えてもらう)ために毎回同じ服装をしているのが普通だったらしい。僕らの芝居に登場する人物たちも、日が変われば次々に着替えをするし、それはその人物が実際に毎日を生きているからだ。とすれば、一人の人間が多面性を持っている以上、その服装だってさまざまな要素を持っているし、一色で塗りつぶしたような単純な記号に収まるものではない。

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with BACCHUS とは

高校演劇部の顧問として、部員に向けて書いた「演劇部便り」です。演劇づくりに関するマニュアル的なものから組織作りのようなこと、個人的な想いを書いたものまで内容はさまざまです。一応ジャンル分けをしていますが、特定の項目についてお知りになりたいときには、単語で検索をしていただいた方が、興味ある情報を見つけやすいかもしれません。

2期に分かれています。第1期は2002年9月から2009年3月まで。少しでも高いところに登ろうと必死で自らを鍛えていた演劇部でした。「with BACCHUS」の内容もわりあいハードで、量もとても多いです。第2期は2013年から書き始め現在進行形です。動き始めたばかりの演劇部、演劇初心者がほとんどの部員たちにわかりやすいように書いているつもりです。

質問や感想などのコメントをお待ちしています。

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