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SAKAI KAZUNARI
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with BACCHUS - 仲間を大切にするカテゴリのエントリ

馬鹿

カテゴリ : 
第1期 » 部活動運営 » 部員の精神 » 仲間を大切にする
執筆 : 
KAZU 2007-5-10 10:51
 たとえば部の運営に関わる部分で、顧問が「いいよ」と言った時、少なくとも気のきいた3年生メンバーは「それがベストだね、文句なくそれがいいよ」なのか、「まあそのあたりが精一杯だろうね、それしかないならそれでもいいよ」なのかの区別はつくと思う。同様に顧問も、「こうします」と言われた時に、「これが私たちの思いだからなんとしてもこうしたいんです」なのか「本当に悔しいけどそれしかできないから涙をのんでこうします」の区別はつくと思う。少なくとも気のきいた3年生メンバーが口にした時は。

 言葉には、言葉だけでは表現できないたくさんのことが含まれている。不思議なことに、思いっきり表面的で軽薄な言葉と、信頼感と一体感に支えられた豊かな言葉が、言葉だけを見れば一致したりすることだってある。「馬鹿!」という言葉は、愛の言葉にも流血の言葉にもなり得る。

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支える人たち

カテゴリ : 
第1期 » 部活動運営 » 部員の精神 » 仲間を大切にする
執筆 : 
KAZU 2007-4-6 11:12
 上に立つ仕事というのは当たり前だけど大変だ。特に僕らのような組織の場合は、別に「偉い」から上に立っているわけでもなければ、格別な能力があるから上に立っているわけでもない。それこそ「どんぐりの背比べ」のようなメンバーが、活動をスムーズにするために上に立つメンバーを決めているだけだ。(もちろん、ある程度の能力や適性もあるのは当然だけど)

 たとえば部長という仕事を考えたとき、うんとおおざっぱに言えば二通りのあり方があると思う。比喩的に言えば前に立つ部長と、後ろに立つ部長である。

 自分から、「こういうふうにやろう」「こうしたらいいんじゃないか」などの考えをどんどん出していき、みんなの先頭に立って引っ張っていく、みんなが安心してその人の後ろについていけるようなタイプ。そういうふうに集団を率いていくリーダーはたくさんいるし、もしかしたら部長とかそういう役職につくというのは、そういうことであると多くの人が思っているかもしれない。

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担っている荷物

カテゴリ : 
第1期 » 部活動運営 » 部員の精神 » 仲間を大切にする
執筆 : 
KAZU 2005-4-28 23:10
 上演作品、スタッフ、キャストが決定した。いつになく早いと言えばその通りだろう。が、絶対的な時期をしては早くても、本番までの残り時間を考えた相対的な見方をすれば、けっして早いどころの騒ぎではない。数日であっても、早めに動くことができる事を、最大限生かしたい。

 スタッフ、キャストが決まる時、上演作品が決まる時とはまた違う緊張がある。それは、スタッフやキャストが決まるというのは、きわめて具体的に、それぞれの肩にひとつの荷物が置かれると言うことだからだ。その荷物は、多分それぞれの人が持っている全力をふりしぼらなければ持ち上げることができないもので、でも持ち上げることがけっしてできないものでもないのだろう。

 たとえば勉強ならば、それぞれの持つ荷物はそれぞれのものであり、仮にそれを投げ捨ててしまったところで、ほかの人に迷惑をかけると言うことはそれほどないかもしれない。が、ひとつのチームでひとつの芝居をつくっていく時、それぞれが担っている荷物は、ひとりでは持ちきれない巨大な荷物の一部なのだ。誰かひとりが投げ出してしまったら、他の誰ががんばっても変わりになれないような、かけがえのない一部を、全員が少しずつ背負っていくのだ。

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 『「である」ことと「する」こと』というすばらしい文章がある(政治学者丸山真男氏の文章。ぜひ読むように)。その出発点は、世の中には「こうである」ということから生まれる価値と、「こうする」ってことで初めて生まれてくる価値があるってことなんだけど(すごく切りつめたまとめ方である)、わかるかな。たとえば親子関係とかは「である」価値で、部活のメンバーなんていうのは「する」価値なわけ。で、そういう物差しで社会を眺めてみると、いろんなことが見えてくるって文章である。たとえば、「自分が高校生である」というのは、「である」価値だろうか、「する」価値だろうかって考えると、高校生とは何かってことが見えてくる。

 で、そのような視点で考えると、「仲間」っていうのは、僕にははっきりと「する」価値基準に立脚したものであるって思える。それは上に少し書いたように、「演劇部員は芝居作りをするから演劇部員なんだ」っていう意味合いのことも含むんだけど、それだけじゃないように思う。だれかを「仲間である」と言えるのは、具体的な「すること」の積み重ねがあるからだし、たとえ一度は「仲間である」と言えたとしても、「である」ことに甘えているとすぐにそうは言えなくなってしまう。それは確かなのだと思うけど、では具体的になにを「する」ことによって、仲間という関係が生まれ、それを「維持」していけるのかと思うと、どうやらひどく難しい問題のようなのだ。

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 舞監が「もうしわけなくて」と涙を流しそうな顔で言っていた。「そんなこと思う必要はない」と話した。必要はないけど、そういう気持ちがありがたかった。「悔しさ」は自分に向かうけど、「申し訳なさ」は他人に向かう。それも、自分を信じようとしてくれている仲間、自分の指示で動いてくれている仲間、時に不安そうでありながら文句を言わない仲間、自分を支えてくれる仲間に向かう言葉だ。

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with BACCHUS とは

高校演劇部の顧問として、部員に向けて書いた「演劇部便り」です。演劇づくりに関するマニュアル的なものから組織作りのようなこと、個人的な想いを書いたものまで内容はさまざまです。一応ジャンル分けをしていますが、特定の項目についてお知りになりたいときには、単語で検索をしていただいた方が、興味ある情報を見つけやすいかもしれません。

2期に分かれています。第1期は2002年9月から2009年3月まで。少しでも高いところに登ろうと必死で自らを鍛えていた演劇部でした。「with BACCHUS」の内容もわりあいハードで、量もとても多いです。第2期は2013年から書き始め現在進行形です。動き始めたばかりの演劇部、演劇初心者がほとんどの部員たちにわかりやすいように書いているつもりです。

質問や感想などのコメントをお待ちしています。

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