NeverLand Musical Factory
SAKAI KAZUNARI
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with BACCHUS - 周囲に対する配慮カテゴリのエントリ

言葉の怖さ

カテゴリ : 
第1期 » 部活動運営 » 部員の精神 » 周囲に対する配慮
執筆 : 
KAZU 2006-8-3 12:13
 最近、言葉が気になる。舞台の上で語られる芝居の言葉ではなく、部活の中で、部員としてスタッフとして、芝居を作るメンバーとして発せられる日常の言葉だ。

 名詞、特に固有名詞は、言葉とそれが示す物とが比較的単純に結びついている。だから、ハサミと「ハサミ」と呼ぶときに、何かを閉めそうとする言葉の使い手の意志は、比較的ストレートに相手に届く。別の言い方をすれば、誰がどんな言い方をしても「ハサミ」はハサミだ(本当はそんなに単純じゃないけど)。

 そこに動詞が付いたり助動詞が付いたりすると、結びつきはそんなに単純には行かなくなる。どのような言葉を選ぶかという選択が、大きな意味を持ってくるのだ。「ハサミを取って」なのか、「ハサミを取ってください」なのか「ハサミでも取ってほしいなあ」なのか、結果的にほぼ同じような行動を相手に要求している言葉でも、相手に与える印象がまったく変わってくるのである。

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アンテナを張る

カテゴリ : 
第1期 » 部活動運営 » 部員の精神 » 周囲に対する配慮
執筆 : 
KAZU 2006-4-7 15:07
 合宿の時は、あれこれと言わせてもらい、好き勝手言ったあとで自分の真意がきちんと通じているか少し不安になった。よけいな説教になってしまうことを覚悟の上で、もう少し言葉を足しておこう。

 とにかくうちは、あきれるほど上がよく動くのである。合宿などをやるとますますそう思う。食事の時にコップが足りないとか、床がちょっと濡れているとか、そんな日常的なひとつひとつに至るまで、学年が上になればなるほどよく気がつき、黙って動き出す。時々、「そんなに上が動いたのでは下がものを覚えないから」と文句を言いたくなることさえある。問題点によく気がつくAさんと、あまり気がつかないBさんがいて、Bさんが気がつくよりも早くAさんが処理してしまえば、結果的にBさんの主観にとっては、何も問題がないことになってしまう。それを繰り返していれば、Bさんはますます問題点の存在を意識せず、時には自らが問題点を引き起こしていることにも気がつかなくなってくるだろう。それは実際、なによりもBさんのために悲しむべき状況なのだ。いつまでのAさんがBさんのそばにいられないのならなおさらである。

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「生かされている」

カテゴリ : 
第1期 » 部活動運営 » 部員の精神 » 周囲に対する配慮
執筆 : 
KAZU 2004-12-22 15:20
 昨日、「海堡技師」に関連して何人かの人が学校を訪れ、挨拶をしてくれた。幸いなことに、僕らが行った企画はとても好評だったようで、多くの人によろこんで貰えた。嬉しかったし、ホッと胸をなで下ろすような気持ちであった。

 そういう中である意味芝居が褒められるよりも嬉しいのは、「素晴らしい生徒たちですね」と言われることである。リハーサルの時や本番中、みんなは多くの大人たちと関わっていた。また、みんなが活動している時の姿を、多くの大人たちが見ていてくれた。そういう人たちが一様に言ってくれる。「こんな素晴らしい高校生がいるんですね」って。

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 年齢を重ねると、だんだん怒ったり怒られたりすることが少なくなる。そうやって摩擦を作るのではなく、ふわりふわりと距離を置きながら、自分が一番大切を思うものをそっと隠し込んで生きていった方が、たぶん楽なんだって感じるようになるからなのかもしれない。

 僕はこういう職業をしている人間で、まず第一にその職業を通じてみんなと関わっているわけだから、普通なら怒らないようなことでも、あえて怒ることがある。たぶん昨日の件だって、過ぎてしまえばしょせん紙くずって思ってもいいし、反故紙や不要になった印刷物をメモ用紙として使うのはむしろいいことかもしれない。だけどそこには何らかの心配りのようなものが必要で、そういったことを何も考えない、気がつかない心理状態が少しまずいんだってことは、誰かが言わないと気がつけなかったりするものだと思う。以前、地区大会のアンケート用紙を、「大会中に」メモ用紙として使っている人を見て、非常に腹が立ったことがある。その時、それはおかしいよって言ったかどうかは覚えていない。アンケート用紙は、裏にメモをされるためにわざわざ印刷されたわけではない。つい手が出てしまったときに、ちょっと待てよ、と思えないのは、あんまりいい心理状態ではないと思う。

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配慮

カテゴリ : 
第1期 » 部活動運営 » 部員の精神 » 周囲に対する配慮
執筆 : 
KAZU 2003-6-28 10:20
 こうして書くのも久しぶりである。稽古がどうしたという話は書かないし、書けない。文化祭前のゴタゴタの中で、いくつか思ったことを書いておく。

 昨日、ある生徒(うちの部員ではない)の発言が気になって、やんわりと(言ったつもり)と声をかけた。それは「設計のミスみたいで」といった意味合いの言葉であった。酒井はその言葉を使うべきではない、と言った。たとえ設計に至らないところがあったとしても、それを「ミス」と呼ぶかどうかは別の問題だ。至らないところがあるのは当たり前だし、それを改善しつつ進むことが、ものを作ると言うことなのだから。設計をした本人が「ミスがあって」というのはともかく、周囲の人がその言葉を使う時には慎重になった方がいい。まして「みたいで」というほど確認がないのならなおさらだ。共に何かを作る仲間への言葉には、裏にたくさんの配慮があるべきだと思う。たとえ計画を立てた人に直接言うのでなくても、安易にミスと呼ぶ心のあり方は絶対にどこかに現れるものだ。

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 芝居作りそのものがせっぱ詰まった状態であるのは置いておいても、今の時期、稽古場に来ること自体が難しいメンバーもたくさんいるようだ。酒井自身もそうだ。

 ひとつは勉強の面。公欠だった部分を昼休みなり放課後に補わなければならないのは、誰であっても公欠を伴う部活動に入っているのなら当然のことだ。それだけではなく、本来やるべきことができていなかったり、やらなかったりしたために、特別な時間をとって勉強などをしなければならないとしたら、それはちゃんとやらなくてはならない。部活動があるからやるべき勉強をしなくてもいいという理屈にはまったくならないのでだ。顧問としての酒井の信念から言うが、人並みの勉強もできないようであれば、部活動などやめなさい。迷惑である。部活動と勉強を両立させることは、そんなに簡単なことではない。しかし、それが程度の差こそあれできる人間でなければ、部活動をやる資格はないのだ。部活動をやらなくても卒業はできるが、勉強ができなければ卒業は不可能なのである。優先すべきことは明らかだ。誰もがトップクラスの成績を取ることはできなくてもいいが、当たり前のことを当たり前にやれるようでいてほしい。

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稽古場がある幸せ

カテゴリ : 
第1期 » 部活動運営 » 部員の精神 » 周囲に対する配慮
執筆 : 
KAZU 2003-1-8 22:10
 非常に大変な状況の中にいきなりみんなを放り込んでしまったようで、申し訳なく思っている。改めていうまでもないが、僕らが普段使っている稽古場は、決して演劇部が占有していい場所ではない。あくまで合宿所である。だから、本来の目的で使用したいという話が出てきた時には、必ずそちらが優先するべきであると、酒井は思っているし、それが当然であると思う。この場で書いておきたいことがふたつある。

 まずひとつは、僕らがいつもの場所で稽古ができるということが、とても恵まれているということだ。まわりを見回してみれば、僕らのような場所で稽古ができる演劇部はそう多くはない。たとえば、体育館の舞台で稽古をしている演劇部がある(けっこう多い)。舞台で稽古をいえば聞こえは良いけど、当然フロアでは運動部が練習をやってるわけだから、緞帳を下げたままでやっている。芝居を正面から離れてみることは難しいし、運動部の方は気合い入れて声を出しているはずだから、台詞の細かいニュアンスなどを聞き取るのは大変だ。普通教室で稽古をやっているところもある。酒井も経験がある。稽古のたびに机や椅子を移動し、隣で補習をやるといえば移動したり声を落としたり、特に困るのは文化祭前などで、クラスの活動が放課後にあったりすると、とても困ったものだ。稽古場だけでなく、荷物置き場も同じである。酒井は自分が顧問をやっていた演劇部が、初めて小さなスペースをもらったときのことをよく覚えている。それまでは、小道具ひとつまで、顧問の机の上に積んであったり、各人が毎日持ち帰ったりしていた。だから、僕らが当然のように今の場所を使えるってことは、部が設立してから今までの顧問や部員の努力の成果であり、この学校が僕らの活動をとても大切にしてくれているあらわれだと思うのだ。

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with BACCHUS とは

高校演劇部の顧問として、部員に向けて書いた「演劇部便り」です。演劇づくりに関するマニュアル的なものから組織作りのようなこと、個人的な想いを書いたものまで内容はさまざまです。一応ジャンル分けをしていますが、特定の項目についてお知りになりたいときには、単語で検索をしていただいた方が、興味ある情報を見つけやすいかもしれません。

2期に分かれています。第1期は2002年9月から2009年3月まで。少しでも高いところに登ろうと必死で自らを鍛えていた演劇部でした。「with BACCHUS」の内容もわりあいハードで、量もとても多いです。第2期は2013年から書き始め現在進行形です。動き始めたばかりの演劇部、演劇初心者がほとんどの部員たちにわかりやすいように書いているつもりです。

質問や感想などのコメントをお待ちしています。

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