NeverLand Musical Factory
SAKAI KAZUNARI
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with BACCHUS - 話し合いの方法カテゴリのエントリ

多数決という名の横暴

カテゴリ : 
第1期 » 部活動運営 » 話し合いの方法
執筆 : 
KAZU 2008-11-18 21:48
 昔々も書いたことだと思うけど、僕は「多数決」というのは「議決そのもの」ではないと思っている。少なくとも行為だけを見れば、あれは単なる「アンケート」であり、その時点での各人の選択を目に見える形にしたに過ぎない。しかもそれは、ある時は2択であり、ある時は3択であり、いずれにせよ中間点の存在を許さないデジタルなものにならざるを得ない。

 「議決」というものが最終的に団体全員を拘束するものである以上、その議決はその団体のメンバー、特にその会議に参加したメンバーが納得できるものであるべきだ。その納得が仮に積極的なものでなくても、たとえば「みんなで決めたんだからしかたがないなあ」というものであっても。僕は、「多数決という方法」が最終的に「議決の手段」として使用されることがあっても、たとえば「その議決によって不利益を被る少数者以外の全員賛成で決まる多数決」など認めない。「議決」という名の「押しつけ」に過ぎないと考えてる。

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情報共有のための会議

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第1期 » 部活動運営 » 話し合いの方法
執筆 : 
KAZU 2007-8-23 9:27
 会議はなんのためにやるのかと聞かれたら、みんなで話し合うため、と答えるかもしれない。話し合うのはなんのためかと聞かれたら、問題を解決したり、何かを決定したりするため、そういう解決や決定に、全員の意志を反映するためと答えるかもしれない。もちろん、それは正解である。しかし、その「正解」だけでは明確にならないことがたくさんある。

 解決したり決定したりする前に、その前提として「情報を共有する」というのが会議の大切な役割である。解決したり決定したりするためには、まず的確に情報をつかんでいなければならないのは当たり前のことだし、解決や決定を会議に参加した全員で行う以上、情報を共有しなければならないのは当然のことだ。だが、案外それが甘くなっているような気がする。現実的に見てみると、解決や決定を目的とせず、ただ共有だけを目的とした会議さえたくさんあるにもかかわらず。

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意見が変わるとき

カテゴリ : 
第1期 » 部活動運営 » 話し合いの方法
執筆 : 
KAZU 2007-3-19 10:01
 人の意見というものが変わり得るものだからこそ、変え得るものだからこそ、話し合いというのは意味を持ってくる。意見というのが、表明すればそれで確定してしまうものであるならば、常に多数決によって決定し、少数意見を持つ者は我慢するしかないことになる。実際にまわりを見てみると、話し合いというものが成立せず、結果的にこのようなやり方になっている場合が少なくないようにも感じる。

 さて、では人の意見というのはどんなふうにして変わるのだろう。それを考えるのは当然「変える」ための作戦を練ることにも役立つし、逆に自分の意見を補強するためにも、更に言えば誠実に自分の意見を変えるためにも役立つことなのだと思う。他人の意見を変えることによってひとつの結論を出すのと同じくらい、自分の意見を変えることによってひとつの結論に達するのも意義があることだからだ。話し合いにおける「勝ち」とは自分の意見が結論になることではなく、全員が納得できる結論が導き出されることなのである。

 「意見」というのは、うんとおおざっぱに分ければ、「理」と「情」にわけて考えることができる。

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話し合い下手

カテゴリ : 
第1期 » 部活動運営 » 話し合いの方法
執筆 : 
KAZU 2007-3-16 14:56
 実際、最近の高校生というのは話し合いが下手だ。君たちも例外ではない。ただ、部活動というのは目的がはっきりしている集団だし、君たちの場合その他のさまざまな理由から(基本的に「いい人」たちの集まりである、というのも含めて)、それなりにやれているのは認めるんだけどね。

 下手というよりも、大袈裟に言えば話し合いというものの根本がよくわかっていないというか、えーと、例をあげよう。3人でお昼ご飯を食べに行くとする。何が食べたい?って話になって、2人が牛丼が良いと言い、1人はラーメンが良いと言う。で、話し合って何を食べに行くか決めるわけだ。

 時々ビックリするのは、この段階で「2対1だから多数決で牛丼に決定」という「話し合い」が多いってことだ(さすがに君らの場合それはまれであるが)。前にもどっかに書いたような気がするけど、「どれがいい?」って手を挙げてもらうのは、基本的に調査である。「その調査の結果、多いものを集団の結論にしよう」という方法は、ひとつの方法にすぎないのであって、その方法を選ぶかどうかというのもひとつの選択肢に過ぎない。ところが、この多数決を唯一の選択肢としか考えられない人が案外いる。

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 以前、「多数決というのは本質的に調査であり、決定手段として唯一ではないし、最上とも限らない」という趣旨のことを話すか書くかしたと思う。今、上演台本を選ぶ時期に当たって、もう一度その趣旨を確認しておきたい。

 ある集団が、その集団に所属するメンバー全員を拘束するようなことを決定する場合、もちろん多くのメンバーが同意する方向へ決めていこうと考えるのは当然だろう。にもかかわらず、99パーセントのメンバーが賛成しても決定してはならないこともあるし、99%のメンバーが反対しても決定しなければならないことだってあり得る。そういった事柄については、少なくとも単純な多数決で判断してしまえば、大きなミスを犯すことになりかねない。

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せーの!

カテゴリ : 
第1期 » 部活動運営 » 話し合いの方法
執筆 : 
KAZU 2006-3-15 14:25
 ある段階まで来ると、せーの!とかけ声をかけて飛び込んでしまうことが必要になってくる。

 たとえば理系に進級するか文系に進級するか、そんなことで悩んでいるとしよう。国語はまあまあ得意だけど、社会は苦手だとか、でも数学はもっと苦手だけど看護系に進みたいと思っているとか、いろんなことを考えていると頭がいっぱいいっぱいになってくる。いい加減に選ぶつもりではなくて一生懸命考えるんだけど、考えれば考えるほど、それぞれの良さや悪さが見えてくる。だから、文系に行こうと決めかけると、理系の良さ・文系への不安が頭をもたげてくるし、かといって理系を選ぼうとすれば理系の難しさ・文系の魅力が心に浮かんでくる。結局動けないまま時間だけが過ぎていく。

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多数決の限界

カテゴリ : 
第1期 » 部活動運営 » 話し合いの方法
執筆 : 
KAZU 2006-1-30 15:47
 多数決という決定方法は、もっともポピュラーな決定方法で、会議において何かを決定するための不可欠な手続きであるとさえ思いこんでいる人がいたりする。しかし、実態はといえば、たとえばクラスで文化祭企画内容を決める様子などを見ていると、40人のクラスで、8票とった「喫茶店」に決定したりする。相対的に多数であることは間違いがないのだろうけれど。

 多数決が成立するためにはいくつもの条件がある。そのひとつが「多数を持って決定をすることに、全員が納得し同意していること」であると言うことは前に述べた。ほかにもいくつか条件があって、特に重要なのは「多数決を行う前に十分な話し合いがなされていること」である。まあ、こういうことは基本的な会議のルール(修正案の方を先に採決するとか、原案の必要性とか)といってもいいことであって、それについてはいずれ書くことにしよう。

 今日書きたいのは、多数決そのものの限界の話で、手続きの話ではない。と、大げさに書いたが、実はみんながわかっていることを形にしておこうということだ。

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決定の方法

カテゴリ : 
第1期 » 部活動運営 » 話し合いの方法
執筆 : 
KAZU 2006-1-29 10:20
 5人でも5万人でもいいんだけど、集団に所属する全員を拘束したりするようなことを決定しなければならないとしたら、いったいどのような方法をとるだろうか。特に、利害が一致しない事柄について、決定する場合には。

 集団の構成員の数がそれほど多くない場合には、基本的には構成員全員による話し合いが一番いいように思うだろう。様々な側面から決定しようとする事項について話し合い、最終的には全員が納得し同意した上で、決定をするわけだ。確かにそれが可能であればそれが一番いいように思う。もっとも、たとえ構成員が3人であったとしても、それはそう簡単なことではないようだ。全員の納得と同意などという気持ちのいい結末を迎えるためには、それなりの技術も必要だし、構成員の心構えが問題になる。まして利害関係が衝突するような問題に関して言えば、誰かが得をし誰かが損をするという決定だって出かねないわけだから、全員の納得と同意はますます難しい。(もちろん、「難しい」と言うことと「不可能である」ということはイコールではない)

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ホウレンソウ

カテゴリ : 
第1期 » 部活動運営 » 話し合いの方法
執筆 : 
KAZU 2005-8-26 12:40
 合宿をやっていると、普段に比べれば時間をかけて会議ができるのがいいところではあるのだけれど、いざやってみると、日頃ばたばたやっているせいか、なかなか会議がうまくいかなかったりする。結局、普段できないことは、突然やろうと思ってもできないものだ。

 で、合宿に入ってから開かれているスタッフ会議の様子を見ていると、今のKIMIGEKIの苦手なものが見えてくる。何かといえば、建設的な議論をすることであり、その一例を挙げるならば、複数の情報を組み合わせて、新しい指針を生み出すことが苦手なのである。

 「ホウレンソウ」なんて言葉がある。これは、「報告」「連絡」「相談」がとっても大事ですよ、ってことで、なかなかうまいことを言うもんだって思う。実際にこの3つはとっても大事なことだし、でも油断しているといい加減になってしまう。いつだって「ホウレンソウ、ホウレンソウ」と唱えながら、システムとしても、個人の心がけとしても、意識していてほしいと思う。

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よいゴタゴタ

カテゴリ : 
第1期 » 部活動運営 » 話し合いの方法
執筆 : 
KAZU 2005-1-21 17:40
 先ほど、部長と舞台監督がきて、「演出プランを巡ってゴタゴタしているので今日は話し合いをする予定である」と言う。何についてのゴタゴタかは聞いたけど、どんな雰囲気でゴタゴタしたのかわからないから、あんまりきちんとしたことは言えないのだけど、また言ったとしても的はずれかもしれないのだけれど、それでもやっぱり何かは書いてしまうのである。

 というのは、そういったゴタゴタは決してトラブルでも問題でもなく、当然何らかの形で起きるべきことだからだ。逆に言えば、そういうことが一切なく、「スムーズに」芝居作りが行われていくというのは、あんまり良い状態ではないとさえ思う。
 なんでもいい、どうでもいいというような無気力で真剣に考えない人の集まりであれば、当然ゴタゴタなんかはしないだろう。それは論外としても、たとえば「演出の指示で全員が一斉に動く」といった一見機能的な集団であっても、実はほとんどの人が受動的な対応、無批判に命令を実行するだけの部品になってしまっている場合もある。この場合だって、あまりゴタゴタは起きないだろうが、それでできあがるのは、指示を出す人の限界の中のものでしかない。共同作業だからこそ生み出せる高い水準のものは確実にあるのだけれど、それにたどり着くことはできないだろう。

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with BACCHUS とは

高校演劇部の顧問として、部員に向けて書いた「演劇部便り」です。演劇づくりに関するマニュアル的なものから組織作りのようなこと、個人的な想いを書いたものまで内容はさまざまです。一応ジャンル分けをしていますが、特定の項目についてお知りになりたいときには、単語で検索をしていただいた方が、興味ある情報を見つけやすいかもしれません。

2期に分かれています。第1期は2002年9月から2009年3月まで。少しでも高いところに登ろうと必死で自らを鍛えていた演劇部でした。「with BACCHUS」の内容もわりあいハードで、量もとても多いです。第2期は2013年から書き始め現在進行形です。動き始めたばかりの演劇部、演劇初心者がほとんどの部員たちにわかりやすいように書いているつもりです。

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