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with BACCHUS - 自分自身を指導する

自分自身を指導する

カテゴリ : 
第1期 » 芝居作りのノウハウ » 役者の鍛錬 » 動ける心身をつくる
執筆 : 
KAZU 2003-2-25 22:00
 最初に仮定を壊しておこう。「役者は演出家の道具ではない」と。以前にもこの問題は書いたような気がするので、今回はこのあたりは深く触れない。

 たとえ役者が演出家の道具でないとしても、役者にとって、自分自身は肉体・感情を含めて、自分の表現をする道具であることは間違いない。自分自身の感情も、自分自身の肉体も、役者にとっては、画家の絵の具であり筆である。役者は、現実に存在する自分自身を使って、何者かを表現する存在である(「感情」については少し難しい話になる。いずれ書くかもしれないが)。

 そうであれば、前回まで書いてきた役者と演出・演技指導の話が、実は役者自身の中にあるふたつの自分にぴったり当てはまることになる。ひとつは、道具として使われる自分であり、もうひとつは自分という道具を使うことで何かを表現しようとする自分である。役者がひとりで稽古をしているときにも、自分自身を素材にして、基礎練習をし、演出をし、演技指導をするのである。それぞれについて書いたことがそのまま言えるのだ。
 どのような要求にも応えられることを目指して、道具である自分自身を鍛える基礎練習の大切さについては言うまでもない。演出に関して言えば、芝居を作る役割としての演出家の指示や意見や意図を自分なりにかみ砕き、さらに台本や自分自身の経験から探し出したものを組み合わせながら、自分のやりたい「演技」、つまり理想の姿をイメージするのが演出と言うことになるのだろう。さらに、その理想に近づけるための方法をあれこれ考え、実際にやってみるのが演技指導と言うことになる。実はそんなことは、芝居ではなく日常の中でさえ、おそらく誰もがやっていることなのだと思う。

 もっと意識的に、自分を演出し演技指導をつけてほしいと思う。その努力があるからこそ、「役者は演出の道具ではない」と胸を張って言えるのだ。そして、具体的な役者の演技指導をする時にそれなりの工夫が必要であるように、役者が自分自身を演技指導する時だって工夫がいるのが当たり前であってほしい。努力と根性とやる気だけでは、いつまでたってもできないことがたくさんあるのだ。

 新入生歓迎会用の芝居を作り始めて、やっと「流し」をやるところまで来た。ひとつの区切りといえばそうかもしれない。この時点で数日のオフはありがたいことだ。わずかな時間だけど集団での稽古から離れて、自分が何をしたいのか、そのためにはどうするべきなのか、台本を抱きしめながら考えてみた方がいい。

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with BACCHUS とは

高校演劇部の顧問として、部員に向けて書いた「演劇部便り」です。演劇づくりに関するマニュアル的なものから組織作りのようなこと、個人的な想いを書いたものまで内容はさまざまです。一応ジャンル分けをしていますが、特定の項目についてお知りになりたいときには、単語で検索をしていただいた方が、興味ある情報を見つけやすいかもしれません。

2期に分かれています。第1期は2002年9月から2009年3月まで。少しでも高いところに登ろうと必死で自らを鍛えていた演劇部でした。「with BACCHUS」の内容もわりあいハードで、量もとても多いです。第2期は2013年から書き始め現在進行形です。動き始めたばかりの演劇部、演劇初心者がほとんどの部員たちにわかりやすいように書いているつもりです。

質問や感想などのコメントをお待ちしています。

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